Table5「安楽死における患者の権利~安らかなる死とは?~」

Table Coordinator
古橋卓也(早稲田大学社会科学部2年・写真右)

Assistant Coordinator
加藤大祐(早稲田大学法学部2年・写真左)

あなたは「安楽死」という言葉を聞いたときに何を思い浮かべるでしょうか? 患者がいて、家族がいて、医師がいて・・・、患者が苦痛なく死ぬことを意味している。それだけでしょうか? 例えばあなたの友人が病気の痛みに耐えかねて、あなたに「楽にして」と打ち明けた場合、友人の願いは受け入れられるのでしょうか? もし、受け入れられないのなら法的にみて何が問題なのでしょうか? また、患者自体が植物状態であり、自らの決定をできない場合は、 安楽死をすることを決められるのは患者の病状に詳しい医師でしょうか、それとも患者の家族でしょうか、 それとも、患者が思いを打ち明けられるほど親密な間柄であるあなたでしょうか? そう、安楽死とはさまざまな要因が複雑に絡み合っている、非常に難解な問題といえるでしょう。

このテーブルでは安楽死という人の生命に関わる問題を扱っていきます。 その中で、特に焦点を当てたいのは患者の「自己決定権」です。 日本国憲法上、幸福追求権に基づき国民には自分のしたいことをすることができる権利、 つまり、自己決定権が保障されている、という考え方が「新しい人権」として注目を浴びています。 しかし、これは自分のしたいことがすべて行うことのできる権利というわけではありません。 そこには他者の権利を侵さない程度にという制約があり、いかなる個人も他者の権利を侵すべきではないとされています。 ならば、安楽死という場で、このような制約をもっている自己決定権とはなにを指すのでしょうか? どこまでが他者の権利を侵さないので「安楽死」をすることができて、 どこからが他者の権利を侵すことから「安楽死」をすることが認められなくなるのでしょうか。

今回、安楽死の概要から日本における安楽死事件の事例などの概要から始まり、インフォームドコンセントや、 欧米での安楽死に関する動きなどを扱うことで、 最終的には参加者皆さんに安楽死における自己決定権とは何かをいっしょに考察していってもらいたいです。

科学技術が進歩し続けるなかで、21世紀の高齢化社会を迎えるにあたり、 安楽死という話題はますます身近なものになってゆくでしょう。 さらに、それは成長段階にあるアジア諸国でも避けては通れない問題となっていくはずです。 そうした中で、 法学生であるみなさんには安楽死という誰もが避けて通れないテーマを通じて法の理念である「自由」とはなにか、 「公平」とは何かについて自分なりに考え、実際に感じてもらえる、そういった機会を提供できる場にしたいので、 少しでも興味をもっていただけた人はぜひ参加してください。事前知識などは不要です。 大切なのは、あなたを突き動かす、その問題意識なのですから。