Table5「死刑について考える-かけがえのない命、だから」

Table Coordinator
松尾 直樹(早稲田大学法学部2年・写真左)

Assistant Coordinator
大澤 有砂(早稲田大学法学部2年・写真右)

みなさんは死刑制度に賛成ですか、それとも反対ですか? 凶悪な事件が起こり、犯人が逮捕されたのをテレビで見た時、その犯人に対してどのような印象を持つでしょうか。 また、被害者遺族の悲しむ様子を見てどう思うでしょうか。逆に、死刑囚が死刑を執行される瞬間を想像したことがあるでしょうか。

死刑とは、一定の犯罪を行った者(ほとんどが他人の命を奪った者)に対して死をもって償わせるという刑罰のことです。 この刑罰に対しては見方が大きく分かれています。たとえ加害者の生命であっても、 命は尊いものだからいかなる理由があろうとも国家の手によって人を殺すということを正当化するべきではないと考えるのか。 あるいは、生命はかけがえのないものであるからこそ、その生命を脅かしたものに対して死刑という刑罰の存在は正当であると考えるのか。 いずれにせよ、生命の大切さについて考えないことには死刑については語れません。 そして、人の命を直接左右する刑罰であるだけに、そこには様々な問題や論点があります。

死刑が存在するうえでの問題として、冤罪可能性というものがあります。 刑事裁判は通常、地方裁判所から始まり、高等裁判所、最高裁判所の順に審判を行い、最後の最高裁判所で最終的な判決が下ります。 強盗殺人罪で起訴されたある被告人は、最高裁判所で死刑判決が確定し、死刑囚として刑の執行を待つ身となりました。 その後、6回にわたる再審請求の末、再審が開始され、なんと死刑確定判決から31年7か月経った日に無罪が言い渡されました。 無罪になってよかった、なんてことでは済まない事はわかってもらえると思います。 もしあのまま再審請求が通らずに死刑台に向かうはめになっていたら、否、 もしかするとすでにそういう人がいたとしてもおかしくはありません。 冤罪で死刑になった人がいないことは証明のしようがありません。

死刑はこのほかにも、犯罪の抑止力が特別高いわけではないのでないか、憲法の禁止する残虐な刑罰なのではないか、 死刑を廃止しようという国際的な流れを日本は無視していてもいいのか等々複雑かつ多岐にわたる問題をはらんでいます。 人の命がかかわるものであるからこそ、このような問題は生まれるのだと思います。 法は人の命が尊いということを前提としています。 ただ、人の命が尊いということは自明のことであるけども、普段実感することはめったにないでしょう。しかし考えることはできます。

ALSAの一員として、法が守ろうとする「人の命の重さ」について考えてみませんか? 「人の命の重さ」について考えることはきっと、これから社会問題を法的に考察する際の糧となるはずです。

本テーブルでは、死刑制度を置くことに対し懐疑を挟み、加害者の命の重さをとらえ返し、 被害者の命の重さをも考慮に入れた上で、改めて死刑に対する考えを持ってもらい、 また、命の尊さについてみなさんと一緒に考えていきたいと思っています。